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G・D ニーチェ選集 Dの二一

  • 2012/12/31(月) 08:18:59

G・D ニーチェ選集 Dの二一

※文中の傍点や振り仮名は省略

D ニヒリズムから価値転換へ

二一 神の死の後も、なおニヒリズムは続いている

 次のような二つの事実―すなわち生成とは目的を持たないということ、
または生成とはある大きな統一性によって導かれてはいない、つまり個人
が、ちょうどよいまさにある最高の価値の領域のなかへと根を下ろすように、
そのうちへと全的に没入することができるようなんらかの大きな統一性に
よって導かれているのではない、ということ―こうした事実がいったん認めら
れたとしても、まだ一つの逃げ道の可能性は残されている。それはすなわち、
生成としてあるこの世界全体を、人を欺く、むなしいものとみなして断罪する
道であり、彼岸に位置づけられた一世界を―それこそが真の世界であると
みなして―捏造する道である。しかしながら人間が、そういう彼岸の世界は
人間自身の心理的な必要性を土台としてのみうち建てられているのだという
こと、だからそれを信頼する根拠はまったくないということを発見するやいな
や、ニヒリズムの最後の形態が出現してくるのがみられる。その形態は、
形而上学的な世界を否定するということを当然のことと含意し、また真なる
一世界を信じてはならないと自ら禁止する。こうした段階にまで至ると、人間
は、生成という現実のみが唯一の現実であると認め、だからなんらかの他の
世界への信仰や、虚偽の神々への信仰を呼び戻すような迂回路をたどって
はならない、と自分自身で禁ずるようになる。―それにもかかわらず人間は、
この現実の世界に耐えきれない。つまり自分がもはやそれを否定しようとい
う意志を持ってはいない、この世界に耐えきれないのである・・・。
 ―いったい何が起こったのであろうか? 人間は、生存というものがその
総体において、「目的=究極」という概念を使って解釈されることはできず、
また「統一性」という概念を用いても、「真理」という概念を用いても解釈され
ることはありえないのを理解したとき、生存は無‐価値であるという感情へ
到達したのである。―ひとが最終的になにものかに至る、ということはありえ
ないし、そういう具合に何かに達しおえるということもない。生成という多元性
=複数性においては、全体の統一性は欠如している。生存がどういう性格を
示すかというと、それは「真実」であるというよりも、「虚偽」なのである・・・。
ひとはもはや、ある真の世界が存在していると確信するためのいかなる根拠
も持たない・・・。要するに、「目的=究極」とか、「統一性」、「存在」といった
諸カテゴリー、すなわちそうしたもののおかげで、われわれが世界にある種の
価値を与えてきたような諸カテゴリーを、われわれは世界から剥奪してしまう
のである。―それで世界は、あらゆる価値というものを失ってしまったように
思われる・・・。

(一八八七年の「遺された断想」より。『<力>への意志』第三部、一一一、
ジュヌヴィエーヴ・ビアンキ訳、オービエ)

海程488

  • 2012/12/31(月) 07:35:24

海程488 2012年12月号
第十三回海程会賞の発表があった。

海程会賞受賞作品抄の抄(敬称略)

河原珠美
 小綬鶏に呼ばれてあくび真桑瓜
 緑夜かな忘却という大きな巣
 春の花舗はちみつ色の猫よぎる
 何はともあれ山に五月の力瘤
 枇杷熟るる書割のごと生家かな

中村晋
 フクシマにフクシマの子よ更衣
 フクシマよ夭夭と桃捨てられる
 冬の蝿フクシマに生き生かされて
 フクシマよ春を待たずに埋まる田よ
 被爆の土に被爆の翅を蟻が曳く

渡部陽子
 命飲みセロファンのよう夏の海
 愛情の底が抜けたる蝉時雨
 三日月をフォークに刺して逝っちゃった
 心とはくらげ出入りす楽屋口
 人間が消費されてく花吹雪



拙句 海程12月号(投句は8月真夏)

488
○新品の虹を毀しにとりかかる
 とうがんにあふろへあーの君主論
 ここへ来て秋刀魚の態度ニヒリズム

 心臓が割れて真っ青硝子箱
 充血のスイッチ探す熱帯夜

おまけ
神奈川県現代俳句協会 創立三〇周年記念合同句集
「拍動」
 ぶらんこの告白化石する破片
 円環の思索白紙の春の質量
 かくれんぼ夏のからくり動きだす
 ポケットに孤独の球を汗ばみて
 聴診器穢れた光拍動す
 丸顔の剥製虚無の寝汗かく
 霧の中肌より白き諦念と
 冬満月蕾に全部しまいこむ
 落日を切り刻むリズム枯木立
 冬眠のひかがみに脈とくとくと

もうひとつおまけ
神奈川県現代俳句協会 創立三〇周年記念俳句大会
投句(全部没)
 能面のサイケデリアに花と化す
 垂涎の塊溝に蠢きて
 草笛の唇疚しベルベット
 炎昼の闇にインコのデマゴーグ
 香水の点滴うつろうるおう眼
 いちじくの解剖結果大当たり


以上

海程486、487

  • 2012/12/31(月) 07:32:17

今年はなんといっても5月の海程50周年記念大会が印象的。
その後色々な句会に参加させていただき行動範囲も楽しみも拡がった。
がしかし、夏頃からワークライフバランス雪崩れてピンチ。何とかせねば。
ハイクライフ的にはアンバランスでも楽しい一年だった。

拙句

487
○道端に他人の叙事詩と蒲公英と
 頼まれて未完の夏の後書きを
 放埓なマネキンの四肢夏の朝

 長靴の裏の小石ほどの理念
 青々と夜は地を這いて明易し

486
 炎昼や無量の秘密露光せり
○文学部メタセコイアの固い影
 ハ短調未来が無限だった夏

 万緑のマグマ海に響く程
 ブランコの告白は些細化石する

おまけ
海程10月号青鮫通信<俳句干渉> 小松敦
*****
   日常を左右にこぼし水温む  根岸暁子
既知なる安心または体液に近い浸透圧。日常は液状でみずみずしく揺れている。
どうしてもこぼれる。いや、こぼしまくっている。
   近寄れば半音あがる冬木かな  江津
心象風景または軽い幻覚・幻聴。それは自然と共鳴すること。さわやかな愉悦。
   蛤の雀に戻る躊躇かな  阿川木偶人
諧謔またはギャグ。初夢三句の中の一句。藤枝静男「田紳有楽」の輪廻と笑いを連想。
   天文学っておおむね静かふきのとう  宮崎斗士
箱庭療法またはフォークト=カンプフ検査。オルタナティブな世界を示す十七音の
箱庭セラピー。さもなくば僕らはレプリカントか。
   陽炎や離れた今をくい止める  佐藤詠子
箴言または宣言。いつでもない今。今なる日常のリアリティを。かつては終わりなきと
形容された日常をこれほどまでに渇望する皮肉。
   空席は春の鹿です呼びますか  河原珠美
不意に打たれる快感。非日常へ有無を言わせず引きずり込む。いきなり宮沢賢治
または通りすがりのルイス・キャロル。
   白い感じにジュリアが変わるべつの曲  斉木ギニ
白い感じにジュリアが変わるんです、はい。文字通りですが何か?で、個人的には
ビートルズのホワイトアルバムB面最後が流れる。
   天体や火口ひらりとくらげ、蘭  長谷川眞理子
メタモルフォーゼまたは十七音のダイナミズム。広大な宇宙を向いたカメラが一気に
地上へパン、火口をズームイン、浮遊する物体、くらげ、いや、唖然。蘭だ。
   しづかな脚川はすみれでありましたし  加納百合子
未知なる不安または失語体験。何かが間違っている。思わず迷い込んでしまった
新たな世界とすぐに調和できない。しかし、調和した世界は果たして美しいだろうか。
*****

以上