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G・D ニーチェ選集 Dの二〇

  • 2012/10/28(日) 09:21:43

G・D ニーチェ選集 Dの二〇

※文中の傍点や振り仮名は省略

D ニヒリズムから価値転換へ

二〇 神は死んだ

 「ツァラトゥストラ、ツァラトゥストラ、どうか私の謎を解いてくれ。語れ、語ってくれ、
<目撃者>への復讐とはどういうことか。
 引き退がったほうがよい。この谷にはよく滑る氷河がある。気をつけよ、おまえの
誇りがここで脚を滑らせて、骨折しないように。
 お前は自分が賢いと思っている、不遜なツァラトゥストラよ。ではこの謎を解いて
みよ、いちばん堅い胡桃のの実さえ砕くおまえなのだから。謎を解いてみよ、この
私という謎を。私とは、いったい誰なのか言ってくれ」。
 これらの言葉を聞いたとき、ツァラトゥストラの心にどういうことが起こったろうか。
―なんと同情が彼を襲ったのである。それで彼は地にどうっと倒れた。あたかも
伐採者たちの努力に長らく抵抗していた槲の巨木が、重々しく、だがその木を
倒そうとしていた者さえも怯えさせるほど突然、どさっと倒れるように転倒したの
である。しかしながら早くも彼は立ち上がった。そして厳しい表情を浮かべていた。
「おまえが何者か、私にはわかっている」とツァラトゥストラは、鋼のような声で言った。
「おまえは神を殺した人間だ。私が通るのを邪魔するな。
 おまえはその者がおまえのすべてを見通したことに耐えきれなかったのだ、最も
醜い人間よ。この目撃者に、だからおまえは復讐したのだ」。
 こう語って、ツァラトゥストラは立ち去ろうとした。しかし、あの名状しがたい存在は、
彼の衣服の裾をつかみ、なにか喋ろうと言葉を捜して、喉を鳴らし始めた。「待って
くれ!」と、ついに言った。
「待ってくれ、通り過ぎないでくれ。どんな斧がおまえを倒したかを、私は見抜いた。
しかしただちにおまえはまた立ち上がった、おお、ツァラトゥストラよ。
 そうだ、あの者を殺した人間―神の殺害者がどんな気持ちを抱かねばならないか
を、おまえは確かに見通したのだ。ここにとどまってくれ。私のそばに腰かけてくれ。
けっしてむだにはならぬから。
 おまえに向かって以外に、私はいったい誰に向かって語りかけることを望めようか。
ここにいてくれ。腰をおろしてくれ。しかし、私をじっと視つめてはいけない。尊重する
こともしてくれ―私の醜さを。
 彼らは私を迫害している。おまえだけが、私の最後の避難所なのだ。といっても
私を追いつめるのは、彼らの憎悪でもなければ、彼らのさしむける悪い官憲でもない
―ああ、そんな類の迫害ならば、私はそれを嘲笑したろうに。それを誇りとし、満足
したろうに。
 これまでなんらかの成果をあげた者とは、つねに追いつめられていた者たちでは
なかったか。それに対し、追いつめようとする者は、そういう追跡のうちで、また追従
することも学ぶものだ。なぜならそういう人間は、自分が追跡する者の後について
歩くことになるからである。ところが私の場合、私がその追及から逃げようとする
ものは、彼らの同情なのだ。
 ―私は彼らの同情から逃れるために、おまえのところに避難所を求めているのだ。
おお、ツァラトゥストラよ、私を保護してくれ。私の最後の隠れ処よ、私を見抜いた
唯一の者よ!
(略)
 しかしおまえ自身、自らの同情心の虜にならないよう用心せよ。なぜかと言えば、
多くの者どもがおまえのところへ来ようと歩きだしているから。苦しむもの、懐疑的な
者、絶望している者、溺れそうになっている者、凍え死の危険がある者など多数の
者どもが。―
 私に対しても警戒せよ、と私は言いたい。おまえは、私という謎のうちの最良な
部分も、また最悪の部分も解き明かした。私が何者であるかも、また私がなにを
したかも見抜いた。だが、私の側でも、おまえを倒した斧がなんであるかを知っている。
 しかし、<あの者>は―どうしても死ぬほかはなかったのだ。あの者は、その一切
を見ている双眸で、人間の奥底を、底の底を見たのだ。人間の隠された恥辱と醜さ
のすべてを見たのだ。
 あの者の同情には、羞恥というものがなかった。あの者は、私の内部の最も穢れ
たすみずみまで巧妙に入りこんだのだ。この好奇心の強い者、この慎みを知らぬ者、
この偏執狂的に同情心の深い者は、どうしても死ぬよりほかなかった。
 あの者は絶え間なく私を視つめていた。そういう目撃者に、私は復讐しようとした
のだ―復讐できなければ、もう生きるまいと思ったのだ。
 一切を見た神、人間さえも見た神、その神は死ぬほかなかったのだ。人間はそん
な目撃者が生きていることに、我慢することはできないのだから」。
 最も醜い人間はこう語った・・・。
(『ツァラトゥストラはこう語った』第四部所収「最も醜い人間」、ジュヌヴィエーヴ・
ビアンキ訳、オービエ)

G・D ニーチェ選集 Dの一九

  • 2012/10/28(日) 08:39:23

G・D ニーチェ選集 Dの一九

※文中の傍点や振り仮名は省略

D ニヒリズムから価値転換へ

一九 「神の死」を告げる最初のヴァリアントのうちの一篇

 囚人たち。―ある朝、囚人たちは労役場となっている中庭へ出たが、看守はいなかった。
囚人たちのうち一部の者は、もうそれが習慣となってしまったかのようにすぐに労役に
ついたけれども、他の者たちはぼうっと突っ立ったまま、挑むような眼差しであたりを
見まわしていた。そのとき彼らのうちの一人が列から歩み出て、声高らかにこう言った。
―「働こうという気があるなら、いくらでも働けばよい、さもなくばなにもしなければよい、
とにかくどちらでも同じことだ。おまえたちの陰謀はばれて、明るみに出てしまったぞ。
看守はおまえたちの隠し事を見破ったのだから、近いうちに恐ろしい判決を下すつもり
なのだ。あの男が厳しく執念深いのは、おまえたちもよく知っているだろう。しかし私が
これから言うことをよく聞くがよい。これまでおまえたちは、私がほんとうは何者なのか
見抜くことができなかったが、私はこういう見かけどおりの者ではない。実は、私は看守
の息子であり、しかも父親を思いどおり動かすことができるのだ。私はおまえたちを救う
ことができるし、救いたいとも考えている。ただし、むろんのこと、救ってやるのは、おまえ
たちのうちで私が看守の息子であることを信じる者だけだ。信じようとしない者たちは、
その不信心の報いを受ければよい」。―そこでしばらく沈黙が続いたが、囚人たちのうち
最も年配の者のうちの一人がこう答えた。「それなら言うが、おれたちがおまえさんを
信じようが信じまいが、そんなことはおまえさんに何の関係があろう? もしおまえさんが
ほんとうに看守の息子で、いま喋ったことができるのなら、おれたちみんなのためにとり
なしてくれ。それでこそ本当の意味で善行をなすというものではないか。信仰だの不信心
だのという話はやめにしてくれ!」―そのときもっとも若い囚人が口をはさんだ。「奴の
いうことなどおれは信じない。彼はただいろんな考えを頭に詰めこんで、それを信じきって
いるだけだ。賭けてもいいが、一週間たってもおれたちは今日とまったく同じようにここに
いるだろうし、看守はなにも知ってなんかいないのだ」。―ちょうどそのとき、叫ぶような声
が響いた。つまりいま初めて中庭へ降りてきた、最後の囚人がこう言ったのである。「もし
看守がなにか知っていたとしても、いまはもうなにも知らないぞ。なぜかって言えば、看守
はたったいま、突然死んだからだ」。―それを聞いて、数人の囚人が口々に叫んだ。
「おーい! 御子息殿、遺産相続はどうなるかね。おれたちは、たぶんこんどは、おまえ
さんの囚人になるんだろうね」―こういうきつい言葉をかけられても、看守の息子と名のった
男は、穏やかに答えた。「さきほど言ったはずだ、お前たちのうち私を信じる者はみんな
自由にしてやろう。私は父がまだ生きていると断言するけれども、その断言の確かさに
勝るとも劣らない確実さを込めて、私を信じる者は間違いなく自由にしてやるだろう」。
囚人たちは別に笑わなかったが、肩をすくめて、この男を一人残して行ってしまった。
(『漂泊者とその影』八四、アンリ・アルベール訳、メルキュール・ド・フランス)