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来るべき書物 『からくり』

  • 2009/10/27(火) 03:23:58

 『からくり』

〜冒頭より抜粋〜

眠りながら、ため息をついていたよ。

お話をつくるのは苦手だからと言って、恋のできない理由にした。
街の中、独りで居られる場所がないと言って、自分の写真を撮って
くれと頼んだあの子が、今日自殺した。人が死ねばちょっとした事件になる。
なんかとり憑かれたみたいに不安だ。
とり憑かれたときは、とり憑くのが一番。
そう言って無責任に抱きしめてくれた人が今日死んだ。
わからない。
彼のうちで、留守電に入れた声を自分で聞いた。寝ぼけた声で、約束を
2時間延ばして、お願いと。
それでおしまい。

ぜんぶ、彼の友達からあとできいた。
涙はだれのためでもなく、自分のために流すもの、そうやってなぐさめて
くれた。難解だ。いや、ただ気が動転しているだけかもしれない。

自動じゃなくて手動式のからくり人形みたい。
いっしょうけんめい、取っ手を回すんだけど、同じ動きを繰りかえすだけ。
すばやく、あるいはゆっくりと。

彼が出土した。

books reminder 「夜と霧」 新版

  • 2009/10/18(日) 21:05:24

「夜と霧」は読んだことはなかった。ぱらぱら見たことはあったが。
新訳が出たと聞いて久しい本書(2002年発行)、今年で13刷を重ねる。
最近なぜかまた目にして気になっていたが、ついに読んだ。

帯にはこうある
「心理学者、強制収容所を体験する―飾りのないこの原題から、永遠の
ロングセラーは生まれた。<人間とは何か>を描いた静かな書を、
新訳・新編集でおくる。」

私は生きている意味がない、もう死にたい、という人は読んだ方が良い
というが。読んだところで、どうだろう。
そういう心持ちになってこの本を再読するとまた違う感想を抱くかもしれ
ないが。

この本のこれまでの評価をみても素晴らしいことになっているから、
たぶん、こんな感想を述べるなんて、すごく不謹慎であるような後ろめた
さがあるし、私の理解力や人格を疑われるかもしれないという不安さえ
感じるが、どうだろう。
いいことを言っているとは思うが、うーん、ゴメン、つまらん。

霜山 徳爾訳の巻末にあった恐ろしい写真はなくなって、強制収容所の
悲惨な事態が視覚的にアピールされることはなくなった。本文で読む
かぎり、他の書物やメディアで見聞きしてきた内容だ。
一人の心理学者が、その過酷な状況で整理した、生きることへの考え方、
処方箋がここにある。

過酷な状況下、自己放棄して死んでいった人々が多かったという。
つまり生きる意志を失うと、体力も抵抗力もさらに弱まって死んでしまった。

「もういいかげん、生きることの意味を問うことをやめ、私たち自身が問い
の前に立っていることを思い知るべきなのだ」

「具体的な運命が人間を苦しめるなら、人はこの苦しみを責務と、たった
一度だけ課される責務としなければならないだろう。人間は苦しみと向き
あい、この苦しみに満ちた運命と共に全宇宙にたった一度、そしてふたつ
とないあり方で存在しているのだという意識に到達しなければならない」

「生きていれば未来に彼らを待っている何かがある」
「ひとりひとりの人間を特徴づけ、ひとつひとつの存在に意味をあたえる
一回性と唯一性」

「あなたが経験したことは、この世のどんな力も奪えない」

誰かにとって、かけがえのないあなたがいること。
未来がかならずあること。それを自覚せよ。

それは、まことにそうであれかし。


以上

来るべき書物 『密写の相貌』

  • 2009/10/12(月) 19:09:39

『密写の相貌』


何を期待するのだ。
そこに写るのは、不安か、諧謔か、幸福か、葛藤か、挫折か、安堵か、何だ。

何を期待するのだ。
生きろ、と励まされたいか。
死ね、と笑ってもらいたいか。
ただ生きている、それで良いではないか。

アフォリズム(警句)のごとく記された形相は、呟きか。
否、囁きだ。
独言ではない。彼には「相手」がいるのだ。

それはあなただ。
あなたの相貌だ。


以上

海程

  • 2009/10/11(日) 13:00:42

寺山修司語録。
嫌うもの。
「新聞俳句欄のごとき」「生活報告調書的通り一遍の現象並列」
1958年5月「僕のノオト」より(趣旨は短歌に限らないだろう)
「しかしそれよりも何の作意をもたない人たちをはげしく侮蔑した。
ただ冗漫に自己を語りたがることへのはげしいさげすみが、僕に
意固地な位に告白性を戒めさせた。「私」性文学の短歌にとって
は無私に近づくほど多くの読者の自発性になりうるからである。」
結社に否。「あのお通夜的観賞交換の場である俳句会」

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私も結社に否と思っていたが未熟者は投句せよとの教えは正しい。
「海程」は面白い。上の寺山修司の戒めの後にある作品が多い。
第45回海程賞を取った宮崎斗士など刺激的だ。
毎月投句することにした。

以上

Pleasure Vinyl, ECD;ラップ/かっぽれ/都都逸/浅草オペラ

  • 2009/10/04(日) 18:12:53

このおやじ、面白い。

ECD 天国よりマシなパンの耳

新参者の怖いもの知らずで勝手に言わせていただけば、
ECDにヒップホップ、ラップのジャンルは無効だろう。
敢えて相似形を示せと言われたら、かっぽれ、都都逸、浅草オペラ、かもしれない。

これまでジャパニーズラップについては日常的に聴きもせず、関心も薄く、
あまりにもそのメッセージ性に依存した形式に音楽としては完全無視してきた。
というかむしろ嫌悪してきた、そう言う方が正しいだろう。

音楽にならない声への嫌悪感、詩にならない言葉への嫌悪感、が食わず嫌いを更に
激しいものにしていたと思う。誰か催眠術でもかけてくれれば思い出すかもしれないが、
それが何であったかは思い出せない。初めに耳にしたものがよくなかったのだろう。
雲丹とか牡蠣も最近まで食せなかったが、旨いものは旨いと知った。
しかし、今でも食べる時はちょっとびくびくする。何か心の底から安心できないという
心持ちはなかなか消えない。


もうひとつ。外山恒一とか松本哉らにコミットする荒唐無稽な爽快感。
ECD "言うこと聞くよな奴らじゃないぞ" @高円寺駅前 2007.4.15


以上