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books reminder アーキテクチャ その2

  • 2009/07/12(日) 17:07:58

思想地図 vol.3 特集 アーキテクチャ 
NHKブックス別巻


こちらの本は購入してしまった。これも図書館でよかった。

[共同討議]「アーキテクチャと思考の場所」
浅田彰、東浩紀、磯崎新、宇野常寛、濱野 智史、宮台真司

帯に 『現代社会を規定する新たな権力とは?』 とある。
何をバカな。また大げさに。アタマ悪いんじゃねーか。と思いながらも
噛み合わなそうな共同討議のメンバーにちょっとワクワクしてしまい、
つい買ってしまった。

[共同討議]では、浅田彰が最初からテンション低く、宇野と濱野の基調講演を
きいて「率直に言って今の報告のどこが面白いのかさえよくわかっていない―
むろん、ぼくが文脈を理解していないからでしょう」と謙虚に語り出し、
「1975年の昔と変わっていない」話をして、しらける。
中盤に、宮台がようやく口を開くが「すでに半分ほど時間が経過した段階で、
なんとなくこのシンポジウムが失敗しているような印象がしてきましたので・・」
と皆が思っていて口に出さなかった発言をして笑いをとりつつ、「昔と変わって
いない」側面を議論するためにハイエクを持ち出し、ちょっと面白くなりかける。
更に宮台は「東のプレゼン、宇野と濱野の発表が空回りしているようであり、
<これからはアーキテクチャが重要だ>という議論がひとつの島宇宙であるかの
ように感じられてしまう」と述べて、関連して「前向性記憶障害」のキーワードを
提示する。「前向性記憶障害を克服すべく一人一人が頑張るのか」という
東の問いかけに、
「『一人一人が頑張れ』なんていうはずがないですよ、この僕が」
とややキレぎみに発言する宮台がたのしい。最近の文脈を理解できずに過去を
参照する「前向性記憶障害」はバカか戦略か、の話なのだが、
あまりにも噛み合わない議論が逆に面白い。そして浅田彰は「20:30になったし、
家が遠いから「逃走」する」と言って帰ってしまう箇所が笑いのピークであった。


宮台の言うとおり、
「みんな、『アーキテクチャ』をキーワードにして盛り上がろうぜー!」
という感じがいっぱいなのだ。
小さなオタクコミュニティ=金魚鉢から抜け出せない/抜け出たくない
東らの姿勢が中身のつまらなさを醸し出している。
たぶん、宮台もそうなのだが、同業他社がいないと生きてゆけない。
が、宮台は自分なりのアーキテクチャで生きているんだろう。
戦場を作って自ら戦う。戦わないと生きてゆけない。戦うことを生業としている。
戦場は理論社会学や情報社会学。戦場は市場。まず、皆が観戦する戦場=市場
を作らなきゃ、観戦料金が入らない。戦いは、もちろん、本気で死んだら
もともこもないのでフィクションだ。娯楽なのだ。楽しもうじゃないか。
この楽しみがわかってない。フィクションに巻き込まれていると自覚していない。
自分を取り巻く環境の「アーキテクチャ」に気付いていない。
つまらない戦なら、退場すればよい。入場料は返却されませんが。
東さん、批評業界とか口走って、すごく必死。
せっかく「アーキテクチャ」を語るんだったら、自分自身の課題を克服するための
「アーキテクチャ」を自覚して思考すればよいのに、「アーキテクチャ」がネタとして
対象化されていて、自分が今まさに何らかのアーキテクチャに所属している、という
想像力がゼロだ。そういう発想で議論されないからつまらないのだ。
これが「ゼロ年代の想像力」か、と皮肉さえ言いたくなる。

以上、思いつきで書いたが、たぶん正しい。

貴重な週末のひととき、場外で楽しむことにしますか。

books reminder  アーキテクチャ その1

  • 2009/07/12(日) 16:57:36

アーキテクチャ云々の議論は敢えてPMSで感想を書くまでもあるまいと
見限っていたが、「ゼロ年代」の空き地に屯する輩が図に乗ってうるさいので、
メモしておく。

わたしなりの言葉使いをすればアーキテクチャ=仕組み、である。
ローレンス・レッシグ『コード─インターネットの合法・違法・プライバシー』
を持ち出すまでもなく、アーキテクチャ=仕組みのエッセンスについては、
ビジネスマンなら誰もが発想する内容だと思う。例えば、
ミスを正すために、ミスを犯した本人に正しいやり方や注意事項を指示しても
ミスは繰り返される場合がよくある。気合が足りない!と叱ってみたところで
根性論では解決しない。指示命令や根性論で解決しない諸々の課題を克服
するのに「仕組み」を検討する。単純だ。ミスをおかしても実影響が出る前に
チェックして修正できる段取りや仕組みを仕込むのだ。

実に、当たり前でおおげさに語るにはつまらない。
と思うが、最近、こうした「仕組み」=「アーキテクチャ」をいろいろな場面で持ち
上げて、議論を楽しんでいる人々がいるようだ。

何かと話題であったが、購入する気にはなれないでいた
『アーキテクチャの生態系――情報環境はいかに設計されてきたか』
 濱野 智史

をたまたま図書館で見つけて読んだ。
「ゼロ年代」周辺の雑文に嫌気がさしていた折、大変わかりやすくまとめられ
ていて良い本だと思って意外だった。

そもそも、レッシグによる社会統制は以下4つ。
1.威嚇的命令、2.市場、3.規範、4.アーキテクチャー
で、4.アーキテクチャー=システム設計が問題にされている。
ひとびとはそれと知らずに不自由さもかんじることなく、恣意的に人間行動を
統制する目的を持って設計された仕組みの中で、支配者の意図通りに行動
してしまう。これではアーキテクチャ=いかにもワルだ。ワルであった方が
楽しい話になりそうだし、それはそれでよかろうが、
濱野 智史による「アーキテクチャ」の使い方はワルではない。
mixi、2ちゃん、ニコ動、ケータイ小説、初音ミクなど日本の最近のウェブ
環境の独自性をアーキテクチャをキーワードに生態系/進化論のアナロジー
をもって分析・整理している。
アーキテクチャが人々の行動様式を統制するのではなく、人々の行動様式に
に適応したシステム設計=アーキテクチャを持ったサービスが生き残り、
発展している。ではそんな風に生き残り、発展したサービスのアーキテクチャを
支える行動様式とは何か、といった社会学的アプローチだ。

で、この濱野を持ち上げて図に乗ってうるさい輩の本については、その2。

以上