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シンビジウム

  • 2008/02/24(日) 22:33:53

ランの仲間、シンビジウム。
もらったとき
 昨年お祝いでいただいた時は、
 連なる花芽を立ち上げて凛々しく咲き誇っていたが、

         今年はキャラを変えてプリティー路線だ。
  08年2月01 08年2月02
花は内側の花弁と外側の萼(がく)とでできており、中央の花弁1枚は大きく、リップ(唇弁)
と呼ばれている。シンビジュームはギリシャ語のcymbid(船)から由来した名称であり、
リップの形に因んで付けられた名前とのこと。

08年2月03
他のランに比べて、寒さに強いので楽だし
花持ちも2〜3ヶ月と長いが、
今年は花が終ったら鉢を変えて
株も分けてやろうと思う。

そしたら、また来年は凛々しく伸び上がるかもしれない。


うおがし銘茶

  • 2008/02/24(日) 14:21:08

宝塚でせっかく日比谷まででかけるのだから、是非とも立ち寄りたい
築地のお茶屋さんがあって行ってみたら新築地店は休みで、銀座店まで
歩いて行くことにした。「うおがし銘茶」というお店だ。
ここの「天下一」というお茶が大変おいしいくて、好き。
試飲で淹れてくれた「しゃん」もついでに買った。
築地店も銀座店も上の階は喫茶室になっているので時間に余裕のある方
は階段を上がってみるとよい。

雪組 (その一)

  • 2008/02/24(日) 14:19:48

宝塚を生まれて初めて観た。
妻の知人の「ヅカファン」が抽選に当てたペアチケットがあって、
しかしそれは東京宝塚劇場の4階最後部席であるため、熱心な
ほかのヅカファンは誘っても来ないそうで
(お金を出してでももっと舞台のそばに席を取りたいという)、
宝塚未経験の妻が譲り受けた。ペアで二席とも。
<雪組公演>
1.ラブ・ロマンス『君を愛してる−Je t'aime−』
2.ショー・ファンタジー『ミロワール』−鏡のエンドレス・ドリームズ−

二本立て、第一部はミュージカル15:30開演、二部開演の前に30分の休憩
を挟んで終了は18:30過ぎ。

伝道者か!宣教師か!とタカアンドトシ的つっこみにも決してひるむことなく
熱心にお薦めする知人に妻も圧倒されて、一席¥2,500だし、行ってみるかと、
相談を受けた私はしぶしぶ承諾したのだ。何せ、じゅてーむだぞ。しぶしぶだ。

23日昼間は晴天。西高東低の典型的な冬型の気圧配置で、南北にびっしりと
伸びる等高線の間隔はせまく、天気図通りの強風だったが、それでも銀座界隈
はにぎわっていて、通りすがるひとびとは皆、強風によろけ、目を細めても
口元はにこやかで、私達もうきうきした気分であった。
「うおがし銘茶」
でおいしいお茶も買ったし、あとはついでに宝塚。
今晩の晩御飯は何をたべようかなどと思いながら、四丁目の交差点を後にし、
日比谷公園のほうへ向かって歩いていた。遠くの空が風に舞う塵で黄色く
にごって見えた。

東京宝塚劇場は帝国ホテルの向いの建物だ。
入り口付近、ファンと思しきひとびとの群がりに一瞬鼻白みつつ
その一群に混じり込んでいった。戦場の前線で敵地へ突入する気分だ。
99%が女性だった。

ちょっとコーヒーブレイク。続きは後ほど。

Pleasure Vinyl, dubstep

  • 2008/02/21(木) 00:32:29

Dubstep3枚目。

Geiom
Zalim Maar Daala Feat. Khalid


水中でうたうようなエスニックな抑揚の語りがこだまする。
SirentPoets/Firm Rootsの“Talk is toy”を緩慢にしたみたい。
(ちなみにサイレントポエツは今でもよく聞く)

アラン・ロブ=グリエ

  • 2008/02/20(水) 03:23:01

2008/2/18、お亡くなりになった。ご冥福をお祈りします。
2005年5月に先にお亡くなりになった平岡篤頼先生の翻訳された「新しい小説のために」を古書店で見つけ心躍らせた昔日の思い。大学を卒業する時に院に進学すると言うA.O.に進呈したのがつい先日のようだ。卒論でJack Kerouac「on the road」に没頭していた時よりも、平岡先生の「文学B」が面白く、試験で、クロード・シモン「フランドルへの道」を題材にA3ぎっしり回答をしたためAの評価をもらったのが、実は大学講義においては最も嬉しかった事である。
幻の『6145810』にA.O.が寄稿した文章に確か「『去年マリエンバートで』のメモ」と題する一文があったと思い起こし、今一度読んでみようと書棚をあさるも『6145810』がみあたらない。どこか深いところにしまってしまったようだ。

さて、愛してるって言葉にすれば嘘になる、と誰かが歌っていたが、ヌーボーロマンだ。言葉にならない、とは決して諦めず、じゃあ嘘にならないように言葉にするにはどう表現したらよいか、を徹底的に突き詰めたひとたち。言葉ひとつとっても十人十色の意味と物語を背負っており、十把一からげの市場流通したイメージで物語を円滑に消費してゆくだけの言葉使いは「怠惰」で「嘘」くさい。例えば曖昧模糊とした不安のようなものや、愛という言葉一つで済ませられない複雑な思いを、言葉、言語でいかに表現するかに尽力したひとたち。いかに表現しようかと、言葉を連ねてみれば、言葉が次の言葉を連想させ、想起されたイメージがまた別の言葉を呼び、シモンの曰く一語一語が「十字路の交差点」であることを自覚する。
具体的な引用など施して話を続けたいところだが、眠いのでそろそろやめにするが、具体的な方法は別にしても、こうした表現に対する意志は、何もヌーボーロマンの諸先輩方だけの特権でもなく古臭いものでもなく(当時は啓蒙的に極端なやり方で誤解もあったと思うが)、丁寧に言葉やメディアを使って表現をする作り手はみな、自覚的に実践しているし、そうでなければアートではない、と今日のところは言い切っておく。おやすみなさい。