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Pleasure Vinyl, 『RECOMPOSED』linernotes

  • 2007/01/18(木) 16:56:19

RECOMPOSED BY CARL CRAIG & MORITZ VON OSWARD
Music by Maurice Ravel & Modest Mussorgsky


12インチLP二枚組み版の構成
A,B,C,Dはレコードの盤面、それぞれの曲名と(時間)を記す。
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A. INTRO (6.23)
  MOVEMENT1 (2.26)
  MOVEMENT2 (7.30)
B. MOVEMENT3 (8.34)
  MOVEMENT4 (8.06)
C. INTERLUDE (4.09)
  MOVEMENT5 (12.56)
D. MOVEMENT6 (14.12)

  TOTAL TIME (64.18)
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12インチLP二枚組み版付属のライナーノーツ( Liner Notes )全文翻訳

--------------------------------拙訳ここから--------------------------------
『ReComposed』がようやく完成した。デトロイトでの最初のセッションにおいて「Intro」が出来て以来、丹念な仕事が積み重ねられてきた。ミシガン州デトロイトといえば、この20年間、常にアフリカ系USテクノミュージック(*1)の中心地であり続けてきた。また、『ReComposed』で利用されたベルリン・フィルの音が、初めてCDリリースされたのも約20年前だ。Moritz von Oswald(モーリッツ・ボン・オズワルド、以下Moritz)によれば、委託会社からのオーダーは、カラヤン指揮のベルリン・フィルの音を使うこと。一方で彼からのリクエストは、そうであればミックスされていないマルチトラックの録音を用意すること、いろいろな楽器の音をよりよく取り扱うためにはぜひとも必要だと。思ったとおり、マルチトラックの録音(16トラック)はいろいろ存在しており、そんな中でMoritzとCarl Craig(カール・クレイグ、以下Carl)がやってみたいと思ったのがこの3曲:ラヴェルの『Bolero』と『スペイン狂詩曲』、そしてムソルグスキーの『展覧会の絵(ラヴェル編曲)』だった(ちなみにCarlについては、Moritzが今回のプロジェクトに自ら招いた)。

Moritzの住むベルリンで最初の打合わせが行われた。そこではまずドイツ・グラモフォンのオリジナル音源(1985年、86年、87年の録音)の聴きこみをして、その後Moritzは二人で選んだ様々な音の素材の加工作業にとりかかった。オリジナルはマイク録音されているわけだが、その音源から、個々の「楽器」毎あるいは「楽器群」毎に音を抜き出して、分離し、新たにミックスしなおす。Moritzはその作業を終えると、全ての作業結果を持ってデトロイトのCarlのもとに足を運んだ。テクノ発祥以来「テクノ・イノベーター」として誉れ高いこの2人のミュージシャンはデトロイトで今度は自分達の「楽器」とともに作業をはじめた。最初で最古のアナログシンセサイザー、Carl曰く「伝説の」ドラムマシン、ウッドブロックや管鐘といった伝統的な打楽器、コントラバス、などなど。音色やパターンを次々に繰り出しつつ、その場で音作りは進められた。その光景には、30年前のBrien Eno(ブライアン・イーノ)とドイツのエレクトロ・デュオCluster(クラスター)とのコラボレーションを彷彿とさせるものがあった。そのコラボレーションは「アーバン・テクノ・ソウル」に対して「日常的電子音楽」とでも呼ぶべきもので、当時立ち上がりつつあった「クラウト・ロック(Kraut Rock)」の流れに乗ってドイツ輸出版でマイナーにヒットした。Carlは1990年代初頭、Manuel Göttsching(マニュエル・ゲッチング)の画期的とまではいかなくとも歴史的なポスト・クラウト/プロト・ハウス名曲『E2-E4』リメイクで既に大成功を収めていた。ちなみに『E2-E4』は後にMoritzやMark Ernestus(マーク・アーネスタス)もリミックスしている。(なんと素敵な響きだろう - afro-germanic/アフロ・ジャーマニック、 - afro-diasporic/アフロ・ディアスポリックに(故国から遠く越境離散して)活躍しているUnderground Resistance(アンダーグラウンド・レジスタンス) ; まさにデトロイト・テクノ「中央委員会」的存在 − の活動から生まれた術語だ。)(*2)

よくある風景:家を出て路に出ると、友人が向こうからやってくるのにすぐさま気が付く。私の場合、何かを考える時、最初の考えは、たいてい道を横切ってくるかのようにして頭に浮かび、知らず知らずのうちに玄関先へひょっこりやってくるみたいにして思いつくのだが、『Bolero』の冒頭から繰り返されるあの打奏的なモチーフが「Intro」に初めて現れた時、似たような感じを受けた。サンプリングの音がクリアに出現するこの最初の箇所では、作者が一体何を意図して、どうしようとしているかが、はっきり分かる。(続くトラックにおいて、『展覧会の絵』第6曲「サムエル・ゴールデンベルクとシュミュイレ」からサンプリングされたトランペットの音が使われる部分においても同様の印象を受けた。)初めのうちの冴えた興奮はしかし、まもなくすると鎮まり、次第に展開してゆく「Movement 1」の催眠的でゆったりとした音の渦の中に恍惚としてのみこまれてゆくのだった。面白いことに、サンプリングにおいては、たいてい分かりやすいモチーフが取り上げられ、だからこそイメージに作用するのだが、それがサンプリングだという認識は次第に遠のいていって、いつの間にやら、全く新しい音(元ネタよりも高尚か、少なくとも借り物には聞こえない)になっていた、ということがよくある。クラシック音楽でのライトモチーフ(主題)の取り扱いついてもまったく同じことが言えるんじゃないか、とMoritzにきいてみたところ、曰く「それこそまさに今回の創作活動の核心をついているよ」。この作品(『Bolero』)における調性(*3)の主題(ハ長調)は、ハープによる副次主題をのぞいて、あまりにもハッキリしすぎていて、実りあるサンプリングのためには採用されなかった。ただし、『Bolero』のリズミカルなパターンについてはまた別の話だ。Moritzにとってリズミックなループの上でメロディが構成されたクラシック作品といったら、『Bolero』だけだ。Carlもまた『Bolero』の主題が絶対的に必要不可欠だと述べた。 - そうして、そのサウンドはクラシック・オーケストラの演奏をはるかに超えたもの - サブソニックな超低音ベースがサウンドの海底を徘徊する - へと劇的な変貌を遂げたのだ。

「Movement2」:「ゴールデンベルクとシュミュイレ」のトランペットからはじまる。ある程度は歴史的なオリジナル・トラックを踏襲しつつも、ループさせて、変調し、ピッチを変えて、レイヤー処理している。誰が聞いてもわかると思うが、『Bolero』、『スペイン狂詩曲』、『展覧会の絵』のそれぞれの音が絶妙なレイヤー処理で重ねあわされている。さて、今やオリジナル『Bolero』に対する謂ば「友好的買収」を果たしたサウンドは、リズミックなスネア・パターンの音に顕著だが、原曲に比べると若干速度をつけてハイピッチになっている。が、これでいいのだ。Moritzによれば、皆がよく耳にするポピュラーな『Bolero』は、作曲家が本来意図したよりもゆっくりと演奏されていると言う。この楽曲は、本来は128BPMで演奏されるべきだ、と。ジャズ全盛期の真っただ中、1928年に初演された『Bolero』は、既にジャズの影響を受けていたが、逆にその後のジャズの発展に大きく影響を及ぼしもした。例えば若きコルネット奏者でありピアニストでもあった「サード・ストリーム」の天才的な先駆者、Bix Beiderbecke (ビックス・バイダーベック、以下Bix)がそうであった。 *《 Frank Trumbauer(フランク・トランバウアー、以下Frank)は、座ったままBixの方に振り向いて、頭で向こうを指した。目をやれば、高級に洒落込んであご髭をたくわえた男(明らかにアメリカ人ではない)が入ってきて、ビクターの役員グループと一緒に音楽を聞いている。「おい、Bix、あれ誰だと思う?」 Frankがニヤリとして聞いた。Bixも早いうちに知っておいた方が良い御方なのだ。「いやあ、フランス人に見えるけど・・・。」 - 「おー鋭いねー。あの御方こそ、モーリス・ラヴェル先生さ。」 モーリス・ラヴェル。Bixは生唾を飲みこんだ。ラヴェルといえばBixが熱愛する音楽家だ。フランス印象派を代表する作曲家で、オーケストレーションの天才であり和声の革新者、『Ma Mère l'Oye(マ・メール・ロワ組曲)』や『Daphnis et Chloé(ダフニスとクロエ組曲)』の作者だ。そしてその天才的才能は、ムソルグスキーの『展覧会の絵』をして、かの記念碑的なオーケストレーションに仕立て上げた。「マジでー!すげー!」 ― 畏敬の念に打たれ舞上がるBixを見て「サインもらってきたら?」と、トランペットのCharlie Margulis(チャーリー・マルグリス)も苦笑い。Bixは頭を振った。「いやいやいや、恐れおおくてそんな無理無理・・・。」 《途中省略》 その晩、Bix、Roy Bargy(ロイ・バージー)、ほかPaul Whiteman(ポール・ホワイトマン)の楽団員は、ラヴェルが指揮するニューヨーク・フィルハーモニックを聴きに出かけた。そしてその晩遅く、とあるもぐり酒場(*4)にその作曲家を発見する。今度はBixも臆せずに、というよりかむしろ意を決した様子で鼻息荒く近づいた。「失礼致します!私はビックス・バイダーベックと申します!ここに腰掛けてもよろしいでしょうか!?」おそらくラヴェルはびっくりして断る理由もおもいつかず、空いている椅子をすすめたのだった。間もなくして二人は、ずいぶん楽しく盛り上がった。話はBixからこんな風に切り出してはじまった。しかも向こうのテーブルに聞こえるくらいの大声で。「あなたの全てが大好きです!」 その後、二人が再開したかどうかは不明だが、一説によると1931年、ラヴェルがBixのフラットを訪ねてピアノを演奏してやったとか。》

「Movement3」 エレガントにリズムが脈動するなか、明るくシンセティックなハイ・ハットが軽やかだ。Kraftwerk(クラフトワーク)を想起させる。ライン川のほとり、デュッセルドルフ、モーター・シティのafro-germanヒーローだ(*5)。小躍りするようなトランペットの音(Duke Ellington(デューク・エリントン)の『Trumpets No End』を参照)も加わってしばらくすると、おもむろに、深淵から湧き上がり水面に泡立つようなバブリング・サウンドが響きわたるが、それはまるで初期のアシッド・ハウス(カバー写真の右下に「BASF」のテープがあるのにお気づきだろうか)でよく耳にしたエコー・サウンドみたいで心地よい。バブリング・サウンドはこのあと何度か繰り返され、次第に支配的になってゆく。「ゴールデンベルクとシュミュイレ」のトランペットも消えて、ついに、バス・ドラムが鼓動開始する。質問:ここにきてドイツ・グラモフォンからのサンプリングはどこで使われているのだろうか? - そう、ここではごく静かな木管楽器のモチーフを使っているのみで、確かにこのトライバル・ビートもラヴェルのオリジナルにはないものだ。「Movement3」の終盤、「Intro」に聴いた浮遊感のあるオーケストラ・サウンドが束の間甦るも、「Movement4」へのシームレスな遷移とともに完全に消え失せて、力強いクラブ・トラックに移行する。誰もが身体をゆだねたくなるパワフルなダンス・トラックに。「Intro」から「Movement3」までの綿密に仕込まれた25分間を経験済みの我々にとっては、クラシック・サウンドへの参照が一切断たれたところで、少しも変じゃないし、むしろ開放感すら味わう。ついに我々はクラブ・フロアにたどり着いたのだ。最初からこの展開を構想していたのかCarlに聞いてみた。曰く「たまたまだよ。」 いまや全てがとてもエレガントだ。例のバブリング・サウンドが再び泡立ち、音響は確実に変貌をとげつつある。クラフトワーク・ライクなサウンドが高速で疾走しながら、鋭角的で煌びやかなサウンドへとドラスティックに変態してゆく。「Movement4」: この12インチはこのトラックでひとまず完結、というのも、ありだよね、と尋ねてみたら、「たぶんね、」とMoritz。「Movement4」で完結する。そしてこの曲から、ほかの数多のリミックスへと接続もするし、また別のリミックスに展開もするだろう。(*6) となると私は、そのリミックス数多を調達せねばなるまい。つまりMoritzとCarlが自分達のレーベル(ベーシックチャンネル及びそのサブレーベルもろもろ、Mark Ernestus(マーク・アーネスタス)とのパートナーシップレーベル、それとCarl@デトロイトのPlanet-E)でプロデュースしたものも全部買うことになる(膨大な数だ)。更には1993年までさかのぼって彼らの全てのプロジェクト(互いのリミックスも含めて)を総なめすることになるのだ。

一年間にわたって、CarlとMoritzはベルリンとデトロイトをお互いに行き来した。そうして様々な音の断片やループ、即興的なサウンドの数々を作り出していった。それはちょうどジャズ・ミュージシャンがするみたいに。(Carlはジャミングのことはよく口にしても、ジャズ・ミュージックそのものについては語らない。しかし、ごく初期の完全に電子的なトラックにおいてさえ、彼自身ジャムって作っているし、私としては彼の音楽は既に常にジャズだ、と思えてならない。) 二人はそうして作っては放っておいた沢山のサウンド・テイクの中からいくつか選び、さらに手を加えてより良いトラックにしていった。さてこちらでお立会い。ご高聞達して下さるお方には、途が開いてこれ幸い、嬉しい結末へと導いてくれること請け合い。 - 「An Interlude」は、ドローン、クラスター、ほか様々な音響効果が存分に適用されて心地よい音の塊を形成している。この素敵な間奏をはさんで最後の二曲(どちらもわりと長い)へ続くのだが、この「movement5」と「Movement6」は、二人それぞれがひとつずつ個別にリミックスしている、と聞けばそれもまた一興だろう。Carlは豪勢な「movement5」を担当。クラシカルなフレーズがいたるところでふんだんに利用されていて、ヒロイックなサウンドとシンフォニックな響きに満ち溢れつつ、クラブ・フロアで4つ打ちの音圧を感じるといったパラレワールドに陶酔してゆく;そしてクロスフェードで「Movement6」が開始されるとそこはMoritzの世界だ。もっとミニマリスティックで、存在感にもかかわらず更にアブストラクトで、まるでワルツみたいなコンガとともに。 - Carl曰く「これでいいんだよ。それぞれが担当すること自体はどうでもよくて、それでもなお、チームワークなんだよ」

Thomas Meinecke(トーマス・マイネッケ)
, September 2008

*《》 Richard M. Sudhalter & Philip R Evans; Bix – Man And Legend (Quarter Books, London 1947)より引用

--------------------------------拙訳ここまで--------------------------------

<akomixによる注>
linernotesにはドイツ語とその英語訳の記載あるが、英語の方を訳した。
ドイツ語は分からない。勢いで訳している。間違いもあるやも知れぬこと、
あらかじめお断りしておきます。
一応(*)のマークで訳注をおいたが、参照や注を始めるときりがないので
akomix的な最低限にとどめた。

(*1)
原文African American techno musicだが、要するに「デトロイト・テクノ」で通じるだろう。
テクノもハウスもそもそもafro起源だし。(ex.「ブラック・マシン・ミュージック―ディスコ、ハウス、デトロイト・テクノ 」野田 努) 
アフロ、アフロと、うるさいが、Meinecke氏はどうも「African_diaspora」と音楽に関するテーマが十八番らしく、このアルバムも“afro-german”(CarlとMorit)なのだ、という点を強調したいらしい。

(*2)
原文 (What a wonderful term – afro-germanic – which arose out of the afro-diasporic Underground Resistance-Zentralkomitee!)

afro-diasporic/アフロ・ディアスポリック
故国から遠く越境離散したアフリカ人たちの活躍、African_diasporaからの造語だろう

Underground Resistance、直訳は「地下抵抗運動」だけど、この文脈なので、まず
UR/Underground Resistance
 のことでしょう。
まさに、現在のデトロイト・テクノの「中央委員会」的存在となっている。

(*3)
調性の=tonal
ミニマル番長Surgeon の『Basic Tonal Vocabulary』参照

(*4)
禁酒法時代だった 

(*5)
クラフトワークはライン川の街、デュッセルドルフ、ルール工業地帯のなかの自動車産業の街出身。また、ここで言う「afro-german」については例えばアフリカ・バンバータをご参照。

(*6)
そういう接続・展開の「可用性」という面で、ありだね=logical、と解釈した。

<ご参考>
原文掲載URL↓もちろん公式じゃない。実際と若干違う。
http://www.forcedexposure.com/Labels/deutsche.grammophone.germany.html

  "ReComposed is the result of a gradual process,
から最後の署名までだが、実際のlinernotesでは、署名の後で本文中引用箇所の
出典記載があるのは上記拙訳の通り。

以上